年表

明治10年 1月 西南の役(〜9月)
明治11年 5月 大久保利通暗殺さる
12月 参謀本部設置
明治12年 3月 琉球藩王に廃藩置県を伝え、藩王を華族に列し、東京居住を命じる
4月 琉球藩を廃し、沖縄県を設置
5月 清国公使、日本の琉球編入に抗議
7月 琉球関係者、清に援助を要請
8月 明治帝・グラント前アメリカ大統領、琉球処分などについて会談
明治13年10月 李鴻章、朝鮮に対し、日本およびロシアに対し備えるよう勧告
11月 鴻章、琉球分割による最恵国待遇条約に反対する旨皇帝に上奏するも、条約調印されず
明治14年  5月 陸軍戦時編制規則制定
6月 参謀本部施設完成
10月 詔して明治23年を国会開設の期と定む
明治15年  1月 軍人勅諭
7月 朝鮮王国漢城で軍隊が俸禄米支給遅延に反発して蜂起、重臣や日本人
軍事顧問らを殺 害。
日本公使館も襲撃され、公使花房義質らは一旦脱出
日本政府は軍艦4隻を派遣し、清朝政府も北洋艦隊を派遣す
壬午事変である
8月 軍隊に非常事態統治権の戒厳令制定
清国政府、属邦保護のためとして朝鮮派兵を通告
吉田清成外務卿代理、日本は朝鮮を自主国と認めると通告
壬午事変の賠償金と公使館駐兵権、開市・開港などを定めた済物浦条約が調印
12月 福島事件
明治16年   3月 高田事件
7月 日本人民貿易規則、海関税目規則、間行里程取極約書、日本人漁民取扱規則を調印(対 朝鮮)
明治17年    6月 鹿鳴館にて西洋舞踏の練習はじまる
7月 華族令を定め、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五爵が置かれる
9月 加波山事件・秩父事件
12月 朝鮮王国漢城で、金玉均ら改革派独立党がクーデターを敢行、武力で王宮を占領後、国王に日本軍の出動を強要、守旧派閔泳穆らを殺害し、政権を掌握する
朝鮮王国の閔妃らに要請された清国軍が漢城王宮を奪回
日本軍は撤収、日本公使館なども放火され、独立党のクーデターは失敗に終る
愛知県と長野県の自由党員による名古屋鎮台襲撃計画が発覚
村松愛蔵ら、逮捕さる(飯田事件)
明治18年1月 朝鮮国との交渉を行っていた井上馨、帰国
金宏集朝鮮全権、井上に亡命した金玉均らの引き渡しを要求
2月 朝鮮国正使徐相雨ら来日、明治帝に国書を奉呈
3月 福沢諭吉、時事新報に「脱亜論」を発表
4月 伊藤博文大使、清国と甲申事変の処理として天津条約締結
英国公使、英国海軍による巨文島一時占領を通告
5月 天理教、神道事務局6等教会となり合法化
7月 駐清公使榎本武揚、天津に李鴻章を訪問
日清共同による朝鮮内政改革と大院君の帰国を提議
11月 自由民権運動の再興をめざした朝鮮でのクーデターによる日清対立計画が発覚
自由党の大井憲太郎ら139名、大阪にて逮捕さる(大阪事件)
12月 太政官を廃し、内閣制度を定む(総理大臣伊藤博文)
明治19年1月 朝鮮政府と絶影島地所借入約書に調印
2月 松本大火、1100戸焼失
各省官制制定
3月 帝国大学令公布
参謀本部条例を改正、陸軍部と海軍部に分けらる
井上馨外相、日清修好条規改正を清国政府へ提議するよう、公使塩田三郎に指示
6月 長崎県喜々津村大火、1000戸焼失
7月 東経135度子午線を標準時と設定
10月 英国貨物船ノルマントン號、熊野灘で座礁沈没、日本人23人は救助されず
12月 水戸大火、1800戸焼失
明治20年2月 武豊行幸(23日、長尾山観兵台より陸海軍対抗大演習を天覧、鳳翔閣にて御昼餐)
9月 日本麦酒醸造会社設立
12月 保安条例を公布し星享・中島信行ら570名の東京退去を命ず
明治21年4月 憲法審議の天皇諮問機関として枢密院設置
5月 鎮台条例を廃止し、師団司令部条例、旅団司令部条例を公布
日本麦酒醸造会社、麒麟ビールを発売
9月 駐清公使塩田三郎、日清条約改正難航のため、一時中止と将来の交渉再開を清国に通告
10月 新皇居、完成し、宮城とあらためる
清国、日清条約改正交渉の一時中止と将来の再開を了承
明治22年1月 日本標準時を開始
2月 静岡一番町で大火、1200戸焼失
大日本國憲法、皇室典範、議員法、貴族院令、衆議院議員選挙法、大赦令、会計法公布
明治帝、青山観兵場へ臨幸、帝大教授外山正一の音頭で萬歳三唱が始めて行わる
森有礼刺さる
3月 参謀本部条例、海軍参謀本部条例公布
10月 大隈重信、玄洋社の来島恒喜に爆弾で襲われ重傷を負い、来島は自殺
明治23年3月 第1回陸海軍統合大演習、半田にて行わる
7月 第1回衆議院議員総選挙施行
10月 元老院廃止・教育勅語下る
11月 帝国議会開院式
12月 東京・横浜間に電話開始
明治24年5月 大津事件
7月 軍艦浪速號にて伊勢より武豊に行幸、沢田新地船桟橋より御上陸、鳳翔閣にて御昼餐
10月 濃尾大地震、マグニチュード8.4、死者7466人、全壊142177戸

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