
半六倶楽部
ありがとうございます 投稿者:秋月 投稿日: 6月25日(月)11時52分52秒
メールによって半六倶楽部への正式な参加を表明してくださった方々、ならびに、↓の立場を明
確にしてくださった「サロン」の方々、どうもありがとうございます。ことに池田さん、ご声援、
ありがとうございます。「サロン」には、なんのご迷惑もおかけいたしませんので、そのあたり、
よろしく、ご静観ください。
半六倶楽部への参加のしめきりは、6月末日をもちまして終了させていただきます。以後の倶楽
部の行動につきましては、末日、おおやけのものとさせていただきますので、よろしくお願いしま
す。なお、倶楽部がどのように行動するにせよ、参加される方々には、ご迷惑はおかけしません。
どのような行動であろうと、全責任はわたしがとります。
影ながら応援しています。 投稿者:池田
投稿日: 6月24日(日)21時53分02秒
秋月さんご理解いただきありがとうございます。先日も述べましたように、立場上静観させてい
ただきます。半六邸のお庭、お屋敷が、息を吹き返して現在の時間の中に大切なものを再発見させ
てくれることを心より期待しています。サロンのプロジェクトとして再合流できることに想いを寄
せて、、、、。
時代錯誤かしら? 投稿者:秋月 投稿日: 6月24日(日)11時08分55秒
なんだか、時代劇みたいですけど、同士を募りたいとおもいます。
もちろん、半六倶楽部に参加していただける方です。条件はこれといってありませんし、どのよ
うな立場の方でも参加できます。もちろん、9ヶ条をちゃんと守ってくださる方にかぎります。ま
た、半六倶楽部の当面の目標は「お茶会」を成立させることですが、将来の目標である「半六邸復
元」を一緒にめざしてくださる方、参加していただけませんか?
ただし、半六邸がもし復元された場合、それをどのような目的に使用するかということについ
て、これは御当主がお決めになることですから、わたしたちが汗を流したからといって、わたした
ちだけの「遊び場」めいたサロンにすることはできません。わたしどもが、まず、なによりもめざ
さなければならないのは、打ち捨てられていた旧菊屋と茶室と三つのお庭をできうるかぎり明治時
代の原型に戻し、御当主にお見せすることです。また、半六邸は「ちゃんと生きている」というこ
とを半田をふくめた知多のひとびとに知らしめることです。
わたしはボランティアという名称は、なんだか胡散臭そうな印象があって好きではありません
が、わたしどものしようとしていることは無償の行為、すなわち奉仕です。報酬はまったく期待で
きませんし、するべきでもありません。ただただ、草を刈り、庭木を切り、数十年という単位で積
もっている埃をはらうという行為に、おもしろみを見出していただくだけのことです。
けれど、草刈というのは面白いもので、たった一本の草を刈ってしまうと、もう、つぎなる草を
探してしまいます。山を登ろうとしているときに頂きをふりあおいだとき、あんなところに登るの
かよ、とはおもいますものの、ちゃんと頂きを征服して下山し、自分の登ってきた山をふりかえっ
たとき、たとえようもないほどの満足感がわきあがります。草刈もおなじことで、自分のおこなっ
た作業が、ほんとうに眼に見えるのです。これが、100年以上もまえの文化を蘇生させているの
だという誇りがくわわってくれば、なおさら、いうにいわれぬ充実感があるものです。
とりあえず、いまの時点ではこれ以上の説明はできませんが、なにも疑問や疑念をもつことな
く、秋月達郎というちっぽけな人間を信じて、ともにさまざまに行動し……これがどのような行動
であるかという質問はなさらず……最終的には廃墟を蘇生させてやろうという「志」をもってくだ
さる方のみ、わたしのところへメールをいただけますでしょうか?
なお、掲示板上における参加希望は、ご遠慮ください。
半六邸整備とは 投稿者:中根 投稿日: 6月24日(日)06時54分19秒
「半六邸」整備とはなにか?
と私なりにいつも自問しております。
「半六邸」は、半田のこの地域で発展(生活)してきた人々の努力の成果すなわち半田の文化であ
ります。いってみれば半田市民同士の結び付が半田の文化であり、半田の文化施設といえるのでは
ないでしょうか。
私は、いつも例に出しますが、イタリアを見てください。
どこの小都市に行っても、旧市街と新市街があり、イタリアの市民は、旧市街を誇りにしていま
す。
”おれたちの街は、ローマより歴史があるのだと!!!!”
教会を中心とした、旧市街では、夕方になると 人々は、路地、カフェ、居酒屋、レストラン等に
集まり、非常に活気があります。。
人々は、そこで喜び、歌い、議論し、喧嘩をし、より硬い結びつきになってゆく。
これが、”文化”というものではないでしょうか?
幸い、私たちの半田市には、「半田市街化再計画」があります。
21世紀に向かって半田市民同士の結びつき文化を大切にした、「半田市街化再計画」推進される
ことを多くの住民が、望んでおります。
その核となるものの一つが「半六邸」であるのではないでしょうか。
半田の文化すなわち半田市民同士の結びつきが、「半田市街化再計画」の目指す「住民の生活向
上」「地元商店街の発展」につながると思います。言い換えれば「地元商店街の発展」は、半田市
民同士の結びつ無くして出来ないのでは、ともかんがえます。
ただ、忘れてはならないのは、私たちの思いは如何あろうと「半六邸」は個人の大切な資産である
ことです。
御当主の「中埜半六氏」にたいして、どのようなご迷惑もかけず行ってゆかなければなりません。
ありがとうございます 投稿者:秋月 投稿日: 6月24日(日)00時39分01秒
貴重なご意見をたまわりまして、こころから恐縮しています。
なにもかも承知いたしました。
はんだまちづくりサロンさんのご意向について、わたしが意見をさしはさむことはいたしませ
ん。休止されるということに対しましても、充分に理解いたしました。ですから、半六倶楽部が行
動するうえでは、ご迷惑はおかけしないよう細心の注意をはらわせていただきます。
また、半六倶楽部の行動につきましては、わたしこと秋月がいっさいの責任を負います。
責任の内容につきまして明確にしておきたいのですが、これは半六邸を復元したいという希望に
むかって邁進するうえで、御当主の「中埜半六氏」にたいして、どのようなご迷惑もかけず、ま
た、不実なふるまいもせず、不利益となるようなことは絶対にせず、あくまでも半六邸を守りつづ
けるという立場を保持しつづけるということです。
わたしどもは、わたしどもひとりひとりの半六邸にたいしておこなう行動すべてが、最終的には
半田の文化を守ることにつながり、さらには「まちづくり」におおきく寄与していけるよう、念じ
ております。ですから、これ以後も、ただひたすら、半六邸の整備をおこなっていきたいという
「こころ」だけで歩いていきたいとおもいます。
サロンの事務局として 投稿者:池田 投稿日: 6月23日(土)13時15分00秒
池田です。
これまで、このページにいろいろ書き込みをさせて頂きましたが、先日報告したとおりサロンとしての半六プロジ
ェクトの活動は休止します。
それに伴い、事務局長という立場もありますので、これ以降、半六倶楽部からは身を引か せていただきます。
それから、これは身を引く立場で申すことではないかもしれませんが、今後半六倶楽部として活動される場合は、
半六倶楽部としてのお立場を明快にされるようにお願いしたいと思います。両方に関わっておられる方も多いのです
が、サロンとしては、管理人さんとのお話で、しばらく風を通しましょうと言うことです。それが現在の管理人さん
のご意向です。それ以上でもそれ以下でもありません。終わってもおりませんし時間を見て管理人さんや家主さんと
一緒に考えてゆきたいと思っています。
それから、現在も精力的に活動されているようですが、半六倶楽部として管理人さんや家主さんに理解される活動
をされることを希望します。繰り返しますが、これまでは、サロンのプロジェクトとして管理人さん家主さんとお話
ししてきました。先方もそのように認識されているはずです。
今後、半六倶楽部として、管理人さん家主さんにお目通りをして、進められることを望みます。
これまでの、管理人さんの立場としては、みなさんの集う場所として管理人さんの御厚意の上に活動が進められて
きたと認識しています。「半六邸の完全復元を最大の目標」を明確にされるのであれば、当事者のご理解の元進めら
れるべきです。
赤レンガ倶楽部などが(詳しい内容は知りませんが、、、)活動をされているフィールドはあくまで、市が管理し
ている市民の共有財産について行われていると理解します。
半六邸は、現在、市のものでも市民のものでもなく、個人の大切な私有財産です。文化的意義が大きいことは理解
しますが、個人の財産について赤の他人が、いろいろものをいうと言うことは、下手をすると個人に対して変な圧力
にもなりまねません。その辺をご理解された上で、行動なさることを強く希望します。
以上。サロンとしての考えを明確にしておきます。
別物です 投稿者:秋月 投稿日: 6月22日(金)22時19分30秒
あゆみは、おなじようなものかもしれませんし、わたしも一時は所属しておりました。
これは明確にしておかなければなりません。
なぜなら、半六プロジェクトは「はんだまちづくりサロン」の一部であり、半六倶楽部は完全に独立した集団であ
るからです。プロジェクトは半年間、休止することを宣言されました。ですが、半六倶楽部は、あくまでも動きつづ
けることを宣言しました。
決定的な「違い」は、その点にあります。
これまでは協賛したかたちでしたので、わたしはどちらにも籍をおいておりましたが、やはり、わたしのめざして
いるところと、わたしの動く速度とがどうにも温度差がありすぎるとして、わたしは「サロン」のほうから身をひい
たのです。
半六倶楽部は、半六邸の完全復元を最大の目標として設立したものです。
目標だけを見つめて、わたしどもは坂をのぼっていく覚悟です。
よく知りませんでした 投稿者:竹内 投稿日: 6月22日(金)16時25分50秒
半六倶楽部と半六邸プロジェクトは、別物なんですね。ちょっと安心しました。それなら、秋を待たずとも、庭に入
れていただける可能性が有ると理解します。
実は書こうかやめようか迷ったのですが、これまでの流れを読むと、管理人さんとの間で、どこまでなら手を入れて
よいかの合意が充分でなかったように感じました。雲間から光が射すように、解決の糸口がきっと見つかると思いま
す。
私の地元では、古くからの「だんなし(金持ちの意味?)」が相続税などの原因で、土蔵を壊したり、アパートを建
てたりして、お屋敷が崩壊しています。それを見て来ただけに、半六邸の貴重さを感じるのです。
なあに、まだまだ 投稿者:中根 投稿日: 6月22日(金)06時20分44秒
竹内さん
「秋月さん 関係の皆様 お疲れ様でした。 私は、6月2日にたった10分間茶室付近を見せていただいただけ
で、活動に参加する前に中断となり残念でした。 秋頃に作業ができることを夢見て、早い夏休みに入ります。」
たけうちさん、こんな悲しい事を言わないでください。
時に流されないでください。(半六邸PJに、ご理解なら積極的になりましょう。)
「わたしは、挫けません。
挫折するには、まだ、はやすぎます。」(尊敬する秋月さんの言葉を借りました)
同じ半田の住民として、知多の住民として、特に竹内さんは、半田市でご指導的な方ですので是非一刻も早い半六邸
PJ再開のきっかけを作っていただけないでしょうか?
よろしくお願いいたします。ひょっとすると、半六邸、この夏破壊するかも。。。。
なあに、まだまだ 投稿者:秋月 投稿日: 6月22日(金)01時47分07秒
はんだまちづくりサロンさんは、どうやら、半年間、撤退されるようですが、くりかえし申しあげますように、わ
たしどもは「半六倶楽部」です。半六の名のもとに集った「やから」です。半六邸の復元が「草刈」だけかといえ
ば、そうではないでしょう。やることは、まだまだあります。これしきのことで消沈しているわけにはいきません。
わたしは、動きますよ。
半六倶楽部も、決して足踏みなどはいたしません。
だって、考えてみてください。半年、あの「廃墟」を放っておいたら、どういうことになるのか。断言しましょ
う。前庭も中庭もふたたび、もとの黙阿弥にもどります。本庭もおなじことです。丈高い雑草につつまれ、せっかく
見えてきた「お池」も「春日燈篭」も草のかなたに沈むのですよ。せっかく清掃した縁側も雨風にさらされ、茶室も
さらにぼろぼろになります。半年という時間が、どれだけ残酷なものであるか、どうやら、おわかりでない方が多す
ぎるような気がしてなりません。
わたしは、挫けません。
挫折するには、まだ、はやすぎます。
もう一度、いいましょう。このまま、なにもせずに過ごしていたら、半年後にどのような事態が襲ってくるのか。
廃墟は、悪くすれば、倒壊寸前に追いこまれているかもしれません。菊屋と茶室が、いま以上に廃墟になったら、ど
うなるのでしょう。解体です。もしくは朽ちるのをただ待つのみということになります。
みなさんは、想像してみたことがおありですか。廃墟がもはや修築不可能となってしまったあとの光景を。そこは
緑につつまれた美しい園でしょうか。欧洲あたりの文化に憐憫をもつことのできる民度の高い国ならば、いざしら
ず、ここは日本です。別な情況が襲いかかってくることは、もはや、自明です。
中埜半六邸復元計画に、休止という文字はありません。
残念です。 投稿者:るー 投稿日: 6月22日(金)00時19分20秒
活動がしばらく休止になったと知り、とても残念です。
一度しか参加できなかったので、今度再開したらぜひまた
手伝わせていただきたいと思っています。
もう一度皆さんにお会いできるのを楽しみにしてますね。
秋風の吹く頃、吉報を 投稿者:竹内 投稿日: 6月21日(木)19時23分21秒
秋月さん 関係の皆様 お疲れ様でした。 私は、6月2日にたった10分間茶室付近を見せていただいただけで、
活動に参加する前に中断となり残念でした。 秋頃に作業ができることを夢見て、早い夏休みに入ります。
半六倶楽部は、へこたれません 投稿者:秋月
投稿日: 6月21日(木)17時59分33秒
わたしどものしてきたことは、愛知県半田市の旧家中埜半六邸における草刈です。かつまた廃墟になっている家屋
の清掃です。9ヶ条にもあるように、わたしどもは細心の注意をはらって作業をつづけてまいりましたし、町のひと
びともわたしどもの作業と志について理解をしめしてくださっておりました。
もう一度、わたしどもの作業のあとを眺めてみましょう。いちばん最初に草刈をしたあとは、たしかに草が伸びて
しまっています。これは根から抜かなかったせいです。ですが、そのほかのところは徹底的に庭木と戦ってまいりま
した。最初、半六邸のお庭は、どこもかしこも密林となっており、とても人間の立ち入れるようなところではありま
せんでした。
わたしには理解できないのですが、どうして、このような状態になってしまっていたのでしょうか。それをどなた
か教えていただけるひとがいらっしゃいましたら、わたしの理解のおよぶ日本語で教えていただきたいとおもいま
す。
わたしどもは、半六邸を愛しております。半六邸が、わたしどもの故郷を代表する建築物であるからです。よろし
いでしょうか。半六邸の欄間には16弁菊花紋があります。玉座としかおもえないような床が高座敷にあります。菊
花紋章の使用(庶民の乱用)は、まえにも書きましたとおり、明治23年2月28日に禁止されました。それ以降、
もし、菊花紋章を使用する場合には、それなりの理由がなければ使用は不可なのです。しかしながら、半六邸には厳
然としてあります。明治22年に建設されたからです。これが、どれほど重大なことか、おわかりでしょうか。
わたしども半六倶楽部は、半六邸において、なにひとつ、かのお屋敷の管理をそこなうようなことはしておりませ
んし、さらには無償の奉仕であり、仲間内の遊び場にしようということなども毛頭かんがえておりません。庶民に開
放されることが不可能であれば、せめて、これだけの文化が残っているということを、ひろく、半田から知多半島の
ひとびとに知らしめたいという、ただそれだけのために伸び放題になっている草の端をにぎりしめ、ひきぬき、とき
には擦り傷や切り傷を負いながらも、はいつくばってまいりました。
こうした尽力が、管理をそこなうものであるのかどうかは、わたしにはわかりません。
ですが、わたしどもは、決して、へこたれません。