
半六倶楽部
まだ終わっていません。 投稿者:池田
投稿日: 6月18日(月)16時04分17秒
まだ終わっていません。閉ざされていません。
今少し、調整を進めています。現状は楽観は出来ませんが、可能がある限りアプローチします。
これは、半六邸に触れた人みなさんの思いだと信じます。
ぼくは、やめません 投稿者:秋月 投稿日: 6月18日(月)12時27分08秒
ひとつの道が閉ざされれば、また別の道を考えていけばいいのであって、ぼくは半六邸の調査はやめませ
ん。半六邸の価値をひとりでも多くのひとに語りつづけることが、そのまま、半六邸を保全することにつな
がるという認識をあらたにしました。
再出発です。
一言だけ 投稿者:中根 投稿日: 6月18日(月)08時04分29秒
私は、サロンに入れていただき最初のPJとして半六邸整備に駆けつけました。
実を言うと仕事一途だけの企業人で、鉛筆(いまは、パソコンのキー)より重いものを持った事のない者が
19才の方と一緒に汗を流させていただけたことは、非常によい思い出となりました。
半六邸PJが、再開されることを、心から望んでおります。
今夜の書生日記より3 投稿者:秋月 投稿日: 6月18日(月)03時46分12秒
だが、御当主になんといえばいいんだ。5月26日、ぼくたちが半六邸で作業をしていたとき、御当主が
顔を見せられた。ぼくと、ちょうどそのとき顔を見せてくれていた某新聞の半田市局員さんとが話をした。
支局員さんは名刺を交換した。まわりには加藤さんがいた。杉浦さんがいた。みんなできちんと挨拶をし、
お茶会をいたします、そのおりにはご招待させていただきますといった。御当主は「こんなところで、だい
じょうぶですか」といたわってくださった。ぼくたちは「できるかぎりのことをやらせていただきます」と
こたえた。これは「約束」だ。それが履行できない。
お茶の諸先生がたにも、お琴の伴奏をしてくださる先生にも、水と電気を供給してくれることとなってい
る会社にも、お菓子を協力してくださる老舗にも、事務局を貸してくれることになっている会社にも、どの
ような挨拶をすればいいのだ。
同級生も「これは半田だけの文化財じゃないぜ、日本の文化財だ、それを発見したんだぜ」と興奮してい
ってくれた。そういう協力者たちに、どのように顔向けをすればいいのだ。
「ひとのこころを動かすには伝説がいるんだよ」
と、庭師がいった。
「ここは、半田の文化の結晶ですよ」
と、建築士がいった。
みんなが「日本で最初の御前会議をおこなった場所」として真実にかぎりなくちかい伝説を信じて作業し
てきた。だれも金銭を要求しているわけじゃない。みんなが汗を流して、一生懸命につくしてくれた。その
無償の善意を、かぎりなく愚かしい感情で左右していいものかどうか。
ぼくは、やめない。
作業ができないんなら、小説を書く。
伝説を、ぼくが書きとめる。
もう、ぼくは鋸を持たないかもしれないが、筆は持てる。ならば、書いてやろうじゃないか。半田なんて
いう小さな町の伝説など、小説にならないとおもってきた。とてもじゃないが、全国区にもなりえない伝説
だとおもってきた。だって、そうだろう。京都のひとが聞いたら一笑にふすかもしれないじゃないか。東京
のひとが目にとめたところで「それがどうしたの」というにちがいない。けれど、もはや、ぼくにできるこ
とはそれくらいしかないじゃないか。半田市の12万人のひとびとのうち、100人にひとりしか読まない
ような小説でも、1200人のひとは読んでくれるにちがいない。ならば書いてやろうじゃないか、伝説
を。たとえ、自費出版になろうとも。
今夜の書生日記より2 投稿者:秋月 投稿日: 6月18日(月)03時45分18秒
「写し絵ですよね、半田は……半六邸は……」
北に阿久比の山を背負い、西に常滑の山を背負い、東に半田運河をひかえさせている。南にのみ、開放的
な野をひかえさせている。そうなんだ。じつは、京都とおなじなんだとおもった。京都とはくらべものにな
らないほど鄙びたところに、かぎりなく小さくしたものではあるけれども、しかし、当時は下町と本町によ
って碁盤の目に区切られ、北から南にむかって大路があった。平和通など、なかった。
明治20年、武豊で海軍の演習があり、またさらに陸軍の演習があったとき、来るべき日本最初の大本營
を置く場所として半田が定められたのは、東京などとちがって、京都の小さな小さな笑ってしまうほどに鄙
びた、しかしながら、5万におよぶ兵力を「食わせられる」都市として半田が把握されたからにほかならな
い。
半六邸の建設は、そのときからはじまったにちがいない。中埜又左衛門宅が当時、立候補したらしい。大
本營の場所として、立派に通用するところだからだ。しかし、宮内省は認めなかった。鉄道があるからだと
いうのが理由だった。いざという場合、すみやかに鉄路を越えるのは難しいからというのである。だが、ほ
んとうのところはそうじゃない。ちかくに「川」が必要だった。京都をうつしこむために、御所と鴨川のか
ぎりなく縮小された空間をつくりだすためには「半六邸」ないしは「冨治郎邸」でなければならなかった。
いや、半左衛門および小栗七左衛門もあわせた5000坪におよぶ土地を「御所」にする必要があった。東
京は江戸幕府のつくりあげたものだから、どうにもならない。しかしながら、半田はそうではない。宮内省
の希望するままに、つくりあげることができたし、実際、そういう地形になっていた。
「そうだよね、やっぱり、そうだよね」
加藤さんはそういった。胸のなかにもやもやしていたことはそれだったんだといってくれた。そして「そ
こまで当時のひとびとが考えたところなんだよね、だから、たいせつなものなんだよね、ぼくたちが作業を
していることはなんにもまちがっていないんだよね」といった。いってるそばから、双眸が潤んでいた。ぼ
くの目も潤んだ。
「それなのに、どうして作業を中止しなくちゃいけないの」
加藤さんがいうのはもっともだった。昨夜、ぼくのいうことに意気を感じてくれた後輩たちも、ぼくにた
いしておなじように「どうして」といってくれた。怒ってくれた。けれど、ここには決して書けない事情か
ら、ぼくたちは作業を中断せざるをえないようになってしまった。あまりにも馬鹿馬鹿しく、そして愚かし
いことが理由で……。
「作業が再開されるときには絶対に声をかけてよ、飛んでいくから」
加藤さんは、そういってくれた。
滅茶苦茶、うれしかった。
今夜の書生日記より1 投稿者:秋月 投稿日: 6月18日(月)03時43分20秒
どうせ、草刈もないことだし、父の日だし、ええい、遊びにいってしまえ。仕事をするにも気が狂いそう
だし、外に出ていないと悶々とするだけだし、こうなったら、遊んでしまえ、というわけでもないのだが、
このところ、家族と顔をあわせることもあまりなかったし、とりあえず出かけようとおもって「デンパー
ク」にいってきた。
古めかしいものばかりを見つめてきたので、近代的なものを眺めるというのは、それなりにいいような気
がしていた。デンパークのなかは清潔だった。けれど、ここはどれくらいの広さなんだろう、半田ではこう
いうものはつくれないのだろうか、と、そんなことばかりをおもいながら、歩いていた。実家の父にも「父
の日」のプレゼントは買わなければならないとおもい、植木を買い、実家の母には咳にいいと書いてある花
梨の飴を買い、実家にむかった。
そのあと、ぼくは息子をつれて業葉神社なるところにいった。キャッチボールをしたがっていた息子とふ
たりでボールを投げた。この神社で、ぼくは小学校時代をすごした。遊びといえば、ここだった。境内に三
角ベースをつくり、野球をやった。
業葉神社のななめまえには「半六邸」がある。
「パパが、いつも土日に草刈しているところは、そこだよ」
といって、8歳の息子とふたりで半六邸の前までいった。閉ざされていた。息子が「なんだか怖いところ
だね」といった。そうかもしれないなとおもいながら、通用門の前をとおり、半六邸を一周した。息子が
「ここで、これからも草刈をするの」と訊ねてきた。ぼくは応えられなかった。
「パパはね、もう、ここには入れないんだよ」
つい、そういってしまった。外回りから、ここが蔵の跡だよといい、ここに通用門があったんだよとい
い、運河のほとりの堤防の上を歩きながら、宮崎橋の橋桁のあとを指さした。息子は蚊が飛んでくるのが気
になるらしく、しきりに首をふって蚊をおっていた。
「パパが生まれるずうっと前から、このお家はここに建ってたんだよ」
といって、いろいろなことを喋った。
「ここに、こういう立派なお家があったことは、決して忘れちゃいけないよ。たとえ、このさき、このお家
がなくなっても、今日見たことは忘れちゃいけないよ」
と、しめくくって実家に戻り、父母とともに中華料理を食べにいった。父の日だから、満洲で生まれた父
にはやはり中華料理だろうとおもったからだ。父母を弟が車で送り、ぼくたちは自宅に戻った。すると、写
真家の加藤さんが電話をくれた。
「半六邸は、どうなってんの」
という質問だった。加藤さんは仕事が終わったため、いきつけのとある店で夕食をとっているという。で
かけていった。そこで、いきさつを話した。作業を中止せざるをえない話を、だ。加藤さんは至極残念そう
だった。
「納得がいかない」
と、加藤さんは大声でいった。加藤さんは、土曜日も、今日も、半六邸にでかけていったのだという。い
つものように水筒に氷とお茶をいれ、軍手と鎌とカメラをにぎり、たったひとりで写真を撮っていたのだと
いう。
「ぼくたちのしてることは、意義のあることじゃないのか」
加藤さんはそういう。けれど、もう作業はできないんだと、ぼくは応えた。
そのあと、ひとしきり、なぜ作業ができないのかをまた説明した。
加藤さんは話を変えた。
「じつはね、草刈をしているときから、ずっと考えていたことがあるんだ」
加藤さんは、こういうのである。むかしから、易というものがある。むかしのひとびとは都をつくるとき
も易を気にした。半六邸にはそういうものがないのかという。玉座は北を背にして南をむいている。あれ
は、それなりに意味があるんじゃないかという。
はっとした。
「京都ですよね」
ぼくはいった。山に囲まれた京都の御所は、北と西に山を背負い、東はるかに山があるものの、そのまえ
には鴨川がある。西にもむろん川はあるが、市中を流れている川の本流はやはり鴨川だ。南は、大路がつづ
き、ひらけている。御所の玉座もまちがいなく南にむいている。
中止 投稿者:秋月 投稿日: 6月17日(日)02時06分53秒
みなさま、ほんとうに申しわけありません。
種々の事情により、半六邸の整備作業はしばらく中止することとなりました。本日もわざわざ遠方よりお
越しの方々も見え、なんといってお詫びをしてよいのやらわかりません。また、畳を供出してくださった高
根保育園さま、ありがとうございます。さらに畳を一時保管してくださることとなりました日本福祉大学さ
ま、ありがとうございます。再会の見通しが立ち次第、みなさまにはあらためてご連絡さしあげます。
ほんとうに申しわけありません。
祭組は、関係ないとおもいます 投稿者:秋月
投稿日: 6月16日(土)01時26分39秒
下半田の同年さんたちには、すでにこのことを話してありますし、ぼくが動いていれば、そのまま伝わっ
ていくことでしょう。しかしながら、この「半六プロジェクト」と地区については関係ないものとして割り
きりたいのです。上半田とか下半田とかいっていては、妙な縄張り意識になり、それが妙な怨恨や猜疑を生
んではかないません。
半六邸に興味があって、ぼくたちのしようとしていることを理解してくれて、礼儀正しく接してくれるひ
とならば、どのようなひとでも受け入れたいとおもうのです。でも、こちらから懇願する必要もないとおも
います。ですから、竹内さん、かるい話をして「ほう、そんなことをやっとるなら、おれ、手伝ってもええ
よ」くらいの乗りの方で充分ではないかとおもいます。実際、庭師の杉山さんはたしか上半田のひとではな
かったかなとおもいます。
ただ……そうですねえ……半六倶楽部としての「ご挨拶」だけは書かなければなりませんね。
かしこまりました、書きます。
書くといえば……か、か、家系図ですかあ……?
わかりました、書きます、書いてこましたります。
もう、地図だろうが、家系図だろうが、小説だろうが、なんだって書いたりますがな。
でも、今夜は「ゲラ」の締切がせまってるから、また、今度ね。
ところで、池田さん。
そうなんだそうですね。ただ、TMHと歩調をあわせて……というわけでもありません。今回の事務局設
置は、あちらさまのご好意に甘えることにしただけです。ただし、くりかえしますが、水曜日と土曜日は使
用できません。そのほかの日は、使えます。会議もできます。事務局があるということは、これからさき、
さまざまな方々と打合せをするのにきわめて便利ですし、資料などについても1ヵ所に置いておくことができ
ます。みんなで利用しましょう!
とはいえ……事務局設置のための作業があり、よぶんな仕事を増やしてしまいましたが……(笑)
どうも、るーさん、いらっしゃいませ。
本日は、午後3時に「半六邸」に集合です。その際、軍手と雑巾とバケツは必須です。よろしくお願いい
たします。掲示板の前のように必要なものは明記したとおもいますので、そのあたりをご参照ください。そ
れから、防虫対策だけはお忘れなきよう、ご注意くださいまし。それから、これはお願いなのですが、ここ
に書きこみをされるときは、半六邸において声をかけあえる、かぎりなく本名にちかいお名前で書きこみし
ていただけますでしょうか?
はじめまして。 投稿者:るー 投稿日: 6月16日(土)00時52分24秒
掲示板では「始めまして」になります。
先々週の土曜日にIZUMIさんとつくしちゃんと一緒に
お邪魔いたしました、るーともうします。
本日土曜日にぜひお手伝いさせていただきたいと思い
書き込ませていただきました。
掲示板を読ませていただいたところ、午後3時開始のようですが
3時に現地にお邪魔すればよろしいでしょうか。
よろしくおねがいいたします。
著作権・・ 投稿者:つーさん 投稿日: 6月15日(金)23時14分34秒
はじめまして、竹内さん。
同じ目的なので写真、使用していただいて結構ですよ。
その際、URLを是非載せてくださいね。
さて、また、夜なべをしようかな。 でも、いままで冷酒(ねのひです)飲んでたので、
いつリタイヤするかなあ。
ところで、秋月さんの文章読んでて気が付いたんだけど、
6代目半六氏と盛田家は親戚なんですか?
このへんの家計図もあったらいいですね。秋月くん下書き書いて。