4月27日午前の作業(筒井分) 投稿者:筒井  投稿日: 4月30日(水)13時20分13秒

のぼりを出していただいた牧さんから、長火鉢を提供していただき、午前中に半六邸に搬入しました。
蓋が割れていますのでボンドで補修します。
牧さんの曽祖父が使用されていたということですので明治の頃のものだと思います。


だれか、書いておいてください 投稿者:秋月@稲生  投稿日: 4月30日(水)10時35分50秒

 昨日(4月29日)の作業ですが、筒井さんは午前中のみでしたし、秋月@稲生は午後もほとんど加藤さんと外回りをしていたため、
情況がまるでわかりません。どなたか、把握している方、書きこんではいただけないでしょうか。


半田町地図の復刻 投稿者:Webmaster(筒井)  投稿日: 4月29日(火)02時36分46秒

市内某所で見つかった昭和9年発行の半田町地図。
発行が9年ですから、内容は数年前でしょうか。
本になっているものの各ページをつなぎ合わせました。大きいです!
サンプルを「端午の節句」のページに載せましたのでご覧ください。


猿でもわかる端午の節句 投稿者:秋月@稲生  投稿日: 4月28日(月)13時01分28秒

 まんがいち、お客様にいろいろと質問されたときの簡単な答えとして、書いておきますね。

 端午の節句というのは、物忌みの月である五月の最初の午の日から来てます。で、それが午と五が音が似ているってことで、五月五日
に定着したんだとか。ところが、中国なんかの伝説ではそうではなくて、屈原という忠臣愛國の詩人がいて、このひとが汨羅という淵に
飛びこんで自殺した日が五月五日だったんだそうで、それで三国時代の魏が五月五日を端午の節句にしたんだとかいいます。ま、そんな
ことで重五(五月五日)が決まってしまったことから、ほかの節句も数をあわせはじめたんではないかと(これはぼくの想像ですが)…
…。
 で、ですね。
 屈原というひとは、たいそう祖国が好きだったものですから、その死をいたんで国家的な行事をとりおこなう日になっていったわけで
すが、これが日本にもはいってきて、ちょうど物が腐りはじめる時期がはじまることもあって悪鬼や邪気をはらって厄をよける行事の日
となったわけです。で、病気をはらうのは薬草で、そのなかでも邪気をはらうとされていたのが菖蒲なんですね。だから、端午の節句の
ときには菖蒲をつんできて軒にさげたんです。吸血鬼がこないように大蒜をつるすのとおんなじですね。で、菖蒲は尚武、また勝負につ
ながるってんで、武家のたいせつな日とされていったわけです。
 武家はどんなことをしたかというと、式服を着て登城し、尚武の行事をしたわけです。自分の家は玄関の前に「幟旗(のぼりばた)」
や「馬印(うましるし)」を立てたりして、あとは刀や槍や兜や鎧をかざったり、ご馳走を食べたりしたんですね。ことに当時は男の子が
たいせつにされましたから、あとつぎが生まれたりしたらそらあもう大変で、さかんにお祝いをしたみたいです。そういうわけで、だん
だんと武家の祝いの行事から嫡男の祝いの行事へと変化していったんですが、武家ばかりが行事をするのもなあ、とおもったのが江戸時
代の富豪たちだったわけです。
 元禄のあたりから、商家がお金持ちになって、武家はだんだんと貧乏になっていったんですが、そのときでも、玄関に「のぼりばた」
をたてるのは許されませんでした。身分の差というのは徹底的なものがあったんです。そこで考えられたのが「こいのぼり」で、鯉は滝
をさかぼっていったあと龍になるわけですが、うちの息子もいつかは龍に(立派なひとに)なってくれんかいなあという祈りをこめて上
げたのが「こいのぼり」だったわけです。ただし、外に立てなくても家のなかだったら文句はいわれんだろう、ってことで座敷のぼりを
商家は立てるようになったわけですね。兜も鎧も刀もそんなことで、本物の武具はないから飾れないので人形や摸造品を飾ってやるわ
い、ということから五月人形が生まれてきたわけです。こういう習慣は明治になってから定着したみたいです。でも、まだまだ一部のひ
とたちのものでしかありませんでした。
 ただし、人形は「神武天皇」や「鍾馗」や「弁慶」や「義経」が基本だったみたいですね。それがすたれてきて「出世金太」「三番
叟」「白馬」「だれかわからない武者」なんかが主力になってきたんだそうです。いまでは「武者人形」といっても誰かわからなくなっ
ているというのは、そんなことからです。ということから、人形をみると時代がわかってくるわけですね。つまり、端午の節句は庶民の
あいだで発展していまのかたちになったとおもっていいんですね。ですから、いまのような端午の節句に人形をかざるってなものは昭和
になってようやく全国に普及したとおもっていいんじゃないでしょうか。
 なんとなく、いじましくも健気な歴史を背負っているのが端午の節句というわけです。


4月27日の作業 投稿者:Webmaster(筒井)  投稿日: 4月28日(月)08時26分18秒

出席者(敬称略):秋月、嶺川(+お嬢さん)、吉川、清水(陽(+お嬢さん))永田、三藤、竹内、山田、筒井
1)前庭の整備を行いました。表玄関入った正面の松を邪魔していた、木(モチノキ?)の撤去に成功しました。
  昨日の、前庭の木に次ぐ大仕事でしたが建物も損壊せず撤去できました。
  今後は、切り株の撤去が残っています。
  建物の中は掃除と、障子張りを行いました。
2)朝日新聞、中日新聞の取材がありました。近々載ると思います。お楽しみに。
3)29日の成岩の常楽寺でお茶会があります。その受付でチラシの配布とチケット販売のキャンペーンを
  行います。 お手伝いをしていただける方を募集しています。

4月26日の作業 投稿者:Webmaster(筒井)  投稿日: 4月27日(日)01時41分11秒

出席者(敬称略):秋月、京才、嶺川、吉川、中根、清水(陽)、斎藤、杉浦、永田、平野、筒井
午前中は、29日に常楽寺で配布するチラシの準備、当日のメンバーの配置、展示物の配置などを決めました。
午後は、前庭の整備を行いました。この2ヶ月弱で溜まった落ち葉の清掃と、樹木の伐採、建具の清掃です。
本来の庭の姿が戻りつつあります。
まだ、人手が必要です。27日は午後から行っています。
各自、お茶、軍手を持って集合してください。