土足厳禁 投稿者:秋月  投稿日: 7月31日(火)23時09分51秒

 書きわすれていましたが、おとといの日曜日をもって半六邸(茶室をのぞく)は全面、土足厳禁になりました。これ
も、みなさんの汗の成果です。ぼくたちが初めて半六邸に足を踏みいれたときは、完全な廃墟でした。ここが土足厳禁に
までなるのは、ほんとうに大変な努力がなければできないことです。ぼくは雑巾がけは二度しかしておりませんから、そ
の苦労は想像するしかないのですけれども、長押や欄間の雑巾がけをするだけでも大量の砂埃が舞いおちてきて、それは
それは凄まじいものでした。それが、土足厳禁にまで持ちこめたのは、すばらしいの一語につきます。
 以前にも書きましたが、
 ――奇蹟は、それを信じるひとのためにだけ存在するのだ。
 というのは、ほんとうなのだろうなともおもったりするのです。
 かといって、これで以後、雑巾がけがなくなったわけではありませんけれど……。

7月29日(日)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月29日(日)21時38分48秒 

 参加者は、山本健治さん、山本京子さん、永田まゆみさん、加藤剛大さん、京才泰直さん、櫻井満さん、榊
原康彰さん、そして磯貝勇壽くんに秋月でした。計9人で、累計は175名になりました。
 作業内容としましては、1階の清掃、中庭と本庭の整備でした。1階はほんとうに綺麗になりました。これ
からは米糠で磨きたいくらいです。中庭は堆積していた土があらかた排除されました。おそらく、あと2回ほ
どの作業で、中庭の整備はほぼ先が見えてくるのではないかといったところです。かなり、進歩しています。
本庭で、加藤さんが石段をふたつ発見してくれました。さらに、これはほんとうに大きな収穫ですが、池の底
がわかりました。石畳が敷いてあったのです。これもまた、加藤さんが発見しました。まったく、庭の作業と
いうのは発掘というにちかいです。どんどんと新たな発見があり、この庭が整備されれば、どんなに美しい庭
になるのだろうかという気分です。
 ところで、今日は、ぼくが思いちがいをしており、通常よりも1時間も早く終了してしまいました。普段な
らば5時になるとそろそろやめようかとおもい、5時半に撤収し、運河沿いですこしばかり風にあたって解散
するのですが、本日は4時半に撤収してしまいました。これは、あきらかにぼくの勘違いでした。貴重な1時
間を失ってしまったことの後悔は非常におおきなものとなっています。
 これから八月になりますが、かなり、酷暑と高湿度のために作業能率は落ちるでしょう。けれども、ここで
踏ん張らなければ、とてもではありませんが、お茶会は成立しません。お茶会を屋敷内でおこなうことはほぼ
可能(畳がはいれば)なのでしょうが、そののち、庭の整備がなされなければ、やはり、駄目です。なんとし
ても本庭の整備を確実なものとしたいところです。
 また、いちばん問題になりそうなのが、大量の枝葉です。また、土です。枝葉にしても土にしても、圧倒的
な量です。これの処分について、本気で考えなければならない時期にはいってきています。ですが、それより
なにより、絶対的に人手が足りません。本庭については、いかに人間の頭数を増やすかということに、おおき
な課題がありそうです。さらにいうと、この酷暑のために補給すべき水分ですが、ひとりあたり、およそ2リ
ットルは必要になってきているのを痛感しました。


7月28日(土)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月29日(日)00時32分28秒 

 参加者は、中根政雄さん、杢原幸さん、杢原奈穂子さん・真里子さん(漢字、まちがってくるかしら)、杉
山良造さん、伊東俊司さん、そして磯貝勇壽くんに秋月でした。計8人で、累計(これまでに1つまちがって
いるので)は166名になりました。
 作業内容としましては、2階の清掃、前庭の整備、中庭の整備でした。2階は杢原さんたちがものすごく綺
麗にしてくださいました。本日は人手もすくなく、どうしようかとあたまをかかえていたときに、彗星のよう
に現れてくださり、感謝のことばもありません。前庭は、もはや中根さんの専用庭と化しており、着実に綺麗
になっております。中庭もまた、徐々に綺麗になってきましたが、本日は杉山さんが枝をたくさん払ってくれ
ましたから、空が中庭に戻ってきました。とても紅葉の影が美しくなりました。もう、あと数回で、中庭のか
たちもととのっていくこととおもいます。
 今日は、いつもにくらべて風もよく通って涼しく、恐ろしいほどの直射日光もなく、かなり楽な作業となり
ましたが、それでも大量の汗は書きます。ところで、汗でミネラルが大量に流れでてしまっているとき、いち
どきにコップ一杯の水を呑むのはよくないようです。水分は小腸によって吸収されるので、いっぺんに大量の
吸収はできないため、すこしずつ、あまり間をおかずに補給しつづけるほうが良いようです。


瀬戸内にいってきました 投稿者:秋月  投稿日: 7月28日(土)02時21分36秒 

 なにを酔狂な、といわれるかもしれませんが、瀬戸内にいってまいりました。訪れたところは多々あるので
すが、半六邸に関係しているかなとおもうところでは、まず、呉ですね。ここは明治帝は明治19年、広島を
巡幸し、建設中の宇品港から呉(明治23年4月21日、明治天皇の行幸を得て開庁式挙行)、倉橋島を視察
したそうです。つぎに宇品ですね。というより広島でしょうか。ここには日清戦争のおりの大本営がありま
す。ですが、いまは白亜二階建ての建物はありません。礎石だけです。そして松山。道後温泉には皇族専用の
浴室(又神殿)があるのはご存知ですか。御成門があり、御庭があり、御成間があり、上段間があり、畳敷き
の厠があり、石造りの浴室があります。この道後温泉はじっくりと見学してまいりました。
 ちなみに、明治帝の行幸した建物(御駐輦跡)が在りし日のすがたのまま現存しているのは、道後温泉のほ
かには栃木高等学校御聖蹟、長浜の慶雲館(浅見又蔵邸)、札幌偕楽園清華亭、彦根竹平楼、湘南魯山人旧
宅、盛岡の聖風閣、前橋の臨江閣、滋賀の土山宿本陣、清水の清見寺、札幌の豊平館、大阪の泉布観と西本願
寺津村別院(北御堂)、郡山の開成館、静岡の由比本陣記念館御幸亭、長崎の占勝閣、多摩日野の有山家(旧
佐藤家)などがあるようですが、おもったよりも多いのか少ないのかは、まあ、それぞれのご判断というとこ
ろで……。
 さあ、この土日も半六邸でお会いしましょう。


市役所からの回答 投稿者:秋月  投稿日: 7月24日(火)01時57分44秒 

 どんどんと日を追うたびにめまぐるしく変転してきた市役所からの最終回答がとどきました。
「市役所としては、半六邸において出たゴミは、いっさい収拾しない。もし、ゴミを始末したいのならば、附
近のゴミ置き場に捨てるか、もしくはクリーンセンターに直接持ちこんでほしい。半六邸はあくまでも一民間
人の家屋であり、特例を認めるわけにはいかない」
 というのが、回答です。
 なお、半田市役所教育委員会生涯学習課の見解としましては、
「半六邸とは、なんの関係も持たない」
 ということだそうです。すくなくとも、半六邸の作業が始められたときは、とある教育委員会関係者が参加
していたはずなのですが、そういうことも「なかった」という回答が出されました。
 これは、つまり、半田市の方針として「半六邸」は「有形文化財」に値しないということであるというもの
であると受けとることができ、また教育委員会も「半六邸」の文化的価値は認めない、という方針をかためた
とおもっていいのだとおもいます。
 ただ、こうした結果については充分に予想されたことですので、なんら衝撃は受けてはおりません。
 ですが、ちょっと困ったなとおもうのは、平日しか、ゴミを出すことができなくなったということです。
 


7月22日(日)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月23日(月)00時59分13秒 

 参加者は京才泰直さん、竹内利夫さん、永田まゆみさん、杉浦明巳さん、筒井信博さん(先週分)、杉山良
造さん、山田健治さん、榊原康彰さん、伊東俊司さん、そして磯貝勇樹くんに秋月でした。計11人で、累計
では157名になりました。
 作業内容としましては、2階と1階の清掃、ことに脱衣所と湯殿の清掃、建具の陰干し、中庭の整備でし
た。建具はもしかしたら、ほとんどのものが残っていたかもしれませんが、痛みのひどいものもあります。ま
た、西棟の奥の回廊はまったく手をつけてありません。中庭は驚いてしまうくらいに作業が進んだとおもうの
ですけれども、今日はもう体力が消耗しきったような感じでした。酸欠状態になり、というより、貧血状態に
なり、運河のところで休まざるをえないようになってしまい、こんなことになるのは初めてのことでしたが、
あまりの暑さのためかどうかはよくわかりません。また、磯貝くんの従兄弟の筒井さんからお茶のさしいれを
いただきました。
 ついでながら、さしいれといえば、大量のタオルを寄付してくださったのは、豊田富雄さんです。これに
は、ほんとうに助かっています。男のひとたちは、おもに庭の整備をしておりますから、あまり実感はないか
もしれませんが、屋敷の雑巾がけをしてくれている女性たちには、大変、喜ばれているような気がいたしま
す。
 ところで、どうして女性が屋敷の清掃で、男性が庭の整備になっているのかという疑問もあるとおもわれま
すが、ぼくの実感としまして、筋力を要するのはやっぱり庭の整備だとおもうのです。すくなくとも、いまは
整備というより発掘といったほうがよく、崩れた壁土に鍬をあて、それをスコップで掘り、一輪車で片付け、
縦横無尽に這いまわっている根をひきぬいていく作業は、大変な筋力を必要とします。ぼくはおそらく古いタ
イプの人間で、そういう力仕事は男がするべきではないかとおもうのです。
 それにしても、清掃は不可能ではないかとおもわれるような脱衣所と湯殿の清掃をしてくださった永田さん
と杉浦さんにはあたまがさがりますし、本日、中庭のほとんどを掘りだしてしまった男性のみなさんには、い
くら感謝しても足りません。いちばん最初の「廃墟」を知っている人間としては、もはや、奇蹟にちかいとま
でおもってしまいます。
 もはや、この作業は、道楽とか趣味とか文化事業とかいった次元ではなくなってきているような気がしてい
ます。すくなくとも、ボランティアというものでもないような気がしており、ぼくがほとんど倒れるようにし
て運河の堤防で休憩しているときも懸命に汗を流してくださっていたひとびとにたいしては、どれだけ感謝の
ことばをならべたところで虚しくなってしまうような気がしているのです。


聽枩舘OR聽松舘 投稿者:秋月  投稿日: 7月22日(日)12時00分44秒 

 昨日の参加者の計ですが、7人ですね。
 まちがえました。
 なお、「聴松館」の漢字ですが、当時の時代をおもってみれば「聽枩舘」もしくは「聽松舘」が正しいので
はないかとおもいます。まあ、雰囲気としては前者のほうが、ぼくの好みではあるのですけれども……。


7月21日(土)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月22日(日)01時15分03秒 

 参加者は中根政雄さん、加藤剛大さん、杉山良造さん、榊原康彰さん、伊東俊司さん、そして磯貝勇樹くん
に秋月でした。計6人で、累計146名になりました。
 作業内容は、残っている建具の確認、前庭および中庭の整備に従事しました。
 前庭と中庭のいちばんの問題は、根がはびこっているということです。数十年にわたる樹木の成長によって
根が網の目状になって伸びきっており、これが土台までをも侵食し、腐らせる原因となっています。この根を
ひとつひとつ断ち切り、掘りだしていかねばならないため、作業は非常に遅滞しています。
 なお、本日は御当主である中埜邦夫さん、および阿樹子さんがお見えになり、作業の容子を眺めていただく
ことができました。そのおり、2階の大座敷が当時どのように呼ばれていたのか、教えていただきました。さ
らに、さまざまな部屋の使途について、また階段の位置や土間の位置などについて、説明していただけまし
た。
 たいせつなことだけを申しあげておきます。
 西棟の小さな2畳の部屋ですが、これは「電話室」ではなくて「脱衣所」でした。また、その「脱衣所」か
ら西にむかってつながっている「納戸」は、じつは「湯殿」でした。この「湯殿」に、現在、たくさんの建具
が仕舞いこまれています。ということで、これより、このふたつの部屋の名称は変更になりますので、よろし
くお願いします。
 なお、2階の大座敷は、当時、廊下の南に見える大松の松籟が寄せてくることから、
 ――聴松館。
 と、呼ばれていたそうです。
 これにつきまして、正式には大座敷のみの名なのですが、部屋を「館」と呼ぶのも、いまの時代はすこし違
和感がありますし、屋敷そのものについて「菊屋」(喜久屋)という名称で呼ぶのも多少の抵抗がありますの
で、おおやけには母屋それ自体を「聴松館」と呼びたいとおもいます。大座敷については「聴松の間」という
仮称に、わたしどものあいだでは統一したいとおもいます。
 また、わたしどもが「一番蔵」「二番蔵」と呼んでいる蔵は、いまも「前蔵」「河岸蔵」と呼ばれているよ
うで、これについても名称を変更したいとおもいます。茶室については名称はありませんでしたが、御当主の
邦夫さんに「道憲庵」なる名称をお伝えしたところ、ほほえまれておりましたので、これについては「道憲
庵」という仮の名で呼びたいとおもいます。なお、展望座敷は二所の関の時代に「大鵬」が使用しておりまし
たから、これより「大鵬の間」と仮称したいとおもいます。なお、帳場につきましては、ふりがなは「みせ」
です。
 こうした名称について、最終的には図面において、いつか、スタッフだけには説明したいとおもいますの
で、しばらくお待ちください。 


実験会は、ぜひ、やりましょう 投稿者:秋月  投稿日: 7月21日(土)00時55分42秒 

 9月にはいったあたりで、実験会はやりましょう。
 たしかに竹内さんの仰ることも一理ありますね。先日も、榊原さんと話していたのですが、まあ、厠につい
ては40ワットでも充分だし、水屋についても60ワットでいけるのではないか、とか、廊下もおなじように
60ワットあたりで充分ではないかなどというような予測をたてていました。ただ、和紙などでくるんだ場
合、白熱灯の明度はかなりさがります。そういったことを考慮しつつ、実験会に望むのがよいとおもわれま
す。
 日取りについては、また、みんなで相談いたしましょう。


7月20日(金)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月21日(土)00時51分22秒 

 京才泰直さんが運びだしてくれた畳13枚を、榊原康彰さんに磯貝勇壽くんと秋月とで半六邸に運びこみま
した。それから、座卓が3個、唐紙が3枚、運びいれました。ただ、この唐紙が大きいのです。もし、使用す
る場合には寸法を整えてから使用するしかないでしょう。でも、ありがたいことです。
 さて、今週の土日も作業をいたします。
 集合場所は宮崎橋跡、時刻は通常どおり午後1時からです。
 みなさま、よろしくお願いします。


電燈について 投稿者:竹内  投稿日: 7月20日(金)10時14分31秒 

電燈について思うのですが、半六邸がにぎやかであった頃は、電燈も貴重品であり、少なめだったのではない
でしょうか。私は、14畳で60ワット2個、6畳で60ワット1個を、天井から下げ、簡単な和紙のシェー
ドを皆で作って付けたら雰囲気が良いと思います。
一度、夕方集合して、明るさ実験をしたらどうでしょう。60ワット電球数個、100ワット電球数個、ソケ
ット、電線、プラグ、小型発電機(持ってます)を使えば、実験可能です。

7月19日(木)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月20日(金)00時34分17秒 

 水と電気を、お茶会当日ならびに準備および整備のための作業日に使用するため、某会社の工務の方が、半
六邸を内覧したいということで、わたしと榊原さんとがつきあいました。先日、スタッフ会議のおり、各部屋
の四隅に電燈を置いて、それをもって灯りにするという説明をしましたが、これはもしかしたら、不可能であ
るかもしれません。
 といいますのは、2階だけでも展望座敷(14畳=4個)、控え間(6畳=2個)、大座敷(14畳=4
個)、東待合(8畳=2個)、東水屋(8畳=2個)、厠(3畳=1個)、北水屋(3畳=1個)、北踊場
(4畳=1個)、東廊下(1個)、大座敷廊下(2個)、渡り廊下(1個)と、あわせて21個の電燈が要り
ます。1階では西座敷(10畳=4個)、電話室(2畳=1個)、玄関(4畳=1個)、帳場(8畳=2
個)、控え間(8畳=2個)、中座敷(8畳=2個)、御成間(8畳=2個)、上段間(6畳=1個)、書斎
(6畳=2個)、奥座敷(8畳=2個)、支度部屋(4畳=1個)、お勝手(12畳=4個)、土間(3個)
となり、あわせて27個の電燈がいります。都合、屋敷のなかだけでも48個の電燈が必要となります。すべ
てを100ワットの白熱電球を使用するとして、4800ワット、約5キロワットです。通常、日本の場合、
電圧100ボルトのものですから、最低でも48アンペア、必要になります。一般家庭が40アンペアから6
0アンペアのあいだくらいですから、これはぎりぎりの電量ということになります。ほかの電気製品はいっさ
い、使用できません。くわえて、じつをいいますと、茶室(6畳、3畳、2畳)があります。ここにも最低で
も2個の電燈は必要です。つまり、5000ワット、ぴったりですね。
 要するに、それぞれの部屋の四隅に電燈を置くというのはまったく不可能で、上記のように電燈を用意する
だけで精一杯ということになります。また、上記のような数量でいくには、とてもではありませんが床におい
ていては暗すぎます。すべて、吊るさなければならないでしょう。ということは、むきだしの配線が見えてし
まうということです。
 当日は午後3時になると、はや、暗くなります。1階は、ほとんど真っ暗な状態となり、電燈がなければ、
お茶会の開催は不可能になります。となれば、どうしても上記のように電燈を設置し、点燈させなければいけ
ないということです。
 おそらく、わたしどもが使用できる電気量は「5キロ」が最大でしょう。通常、映画の撮影などでは「10
キロ」のライトを数本たてて、そこに「5キロ」と「1キロ」を補助に用い、さらに「500ワット」や「3
00ワット」でもって細かな証明をします。恐ろしいほどの差があります。ですが、電源車などを用意できな
い以上、こんなことをいっていても仕方ありません。
 ですが、前庭、中庭、そして本庭があります。
 ここにも、なんらかの証明設備を置かなければなりません。これについては、太陽電池をもちいた常夜灯と
か、別電源による投光器などを使用して、うまい具合に考えていかなければならないでしょう。
 とまれ、電気については、このように大変なことが判明しました。

 ちなみに、明日は畳(唐紙と座卓なども加わりました)13枚の搬入です。
 集合は8時45分、このときだけは、半六邸の南側通用門とします。
 5人くらいの人数があれば、1時間もかからずに終了するとおもいます。
 よろしく、ご協力ください。


畳42枚プラス13枚、ゲットです 投稿者:秋月  投稿日: 7月17日(火)19時42分05秒 

 知多半田駅前の再開発事業にともない、本日、42畳の畳をいただけることになりました。これは上半田で
も有数の旧家の渡辺さんのところからいただけることになったのですが、それにくわえて、建具(ガラス戸お
よび障子、襖)もまた18枚ほどいただけることになりました。搬入は9月下旬になりそうですが、これで懸
念であった軒に面した部分の建具がいれられるとおもいます。高さについて、多少の差異があるかもしれませ
んが、渡辺家は昭和9年に建てられた和洋折衷のみごとなお宅ですし、畳も非常な高級畳で、しかも京間を使
用していますから、おそらくぴったりとはまるのではないかとおもわれます。
 それにしても、こうした瀟洒な旧家が跡形もなく破壊されていく再開発事業というものは、いったい、なん
なのでしょう。得月園さんもそうですが、この両家の裏手には、やはり、戦前のみごとな邸宅がいくつもあ
り、それらがすべて、駅前再開発という傍若無人な名のもとに徹底的に破壊されていくのです。
「なにが、蔵シックタウンか……っ」
 と、呶鳴りつけてやりたいような思いです。
 また、13枚(江戸間です)は某所(名前をあげてもいいものかどうかわかりませんので)からいただける
ことになりました。こちらは緊急です。某所の工事が20日の午前中に開始されますので、もし、搬入のお手
伝いをしていただける方は、午前8時45分、半六邸通用門のところに集合してください。もっとも、それな
りに人手はありますが……。終わったら、一緒にモーニングでも食べにいきましょう。


7月15日(日)の作業 投稿者:秋月  投稿日: 7月16日(月)15時13分05秒

 午前10時から第1回のお茶会メインスタッフによる会議が開かれました。下記の項目などについての再確
認ならびにお茶会の広報についての話し合いなどが持たれました。以後、メインスタッフによる会議は8月
末・9月末・一〇月末の日曜日午前10時からおこなうこととしました。
 この会議の出席者は、内田榮一さん、田中ミヨさん、長谷川寛子さん、石川延子さん、平山勝さん、杉浦明
巳さん、中根政雄さん、京才泰直さん、筒井信博さん、伊東俊司さん、山本健司さん、山田亘さん、そして磯
貝勇壽くんに秋月でした。計14名です。
 さて。
 日曜日の作業参加者は、山本健司さん、山本京子さん、三浦万代さん、三浦夕加さん、吉良留美子さん、吉
良歩美さん、永田まゆみさん、野村直子さん、松井千香子さん、加藤剛大さん、中根政雄さん、杉浦明巳さ
ん、伊東俊司さん、そして磯貝勇壽くんに秋月でした。計15名です。累計では140名に達しました。
 昨日は淑徳大学の河辺ゼミのみなさん、今回は知多クリックのスタッフのみなさんと、いろいろな方々が参
加してくださり、作業は順調にはかどっています。
 作業内容としましては、畳36枚の天日干し、2階の雑巾がけ、1階の清掃と雑巾がけ、前庭と中庭の整備
でした。1階についてはあらかた雑巾がけをしましたが、しかしながら、まだ床面積でいうと半分くらいで
す。というのも、お勝手、女中部屋、物置、風呂、電話室とそれにつづく納戸および厠のほうの掃き掃除と雑
巾がけが仕上がっていないからです。これについては、かなりの人手を必要とするでしょう。また、前庭につ
きましては、かなり、整備がすすみました。中庭は壁土が恐ろしいほどに積もっていて、完全に石や礎石が埋
もれてしまっています。まるで遺跡かなにかの発掘現場をおもわせますが、土曜日の本庭の石段の発見につづ
き、中庭に雨だれをうけるための石畳が敷かれていることが発見されました。この石畳のレベルが中庭全体の
レベルであるとおもわれるのですが、このレベルまで掘りさげていかないかぎり、縁側などの補修はかかれま
せん。下記の予定どおりに作業をこなしていくには、どうしても、今月中に中庭の目処をたてておきたいとこ
ろです。
 それにしましても、このところの猛暑は凄まじく、37度という気温にくわえて知多半島特有の凄まじい湿
度は、作業員の体力をものすごい勢いで消耗させ、飲料水もひとりあたり2リットルでは足りないという感じ
です。風が通るようになったおかげで薮蚊の襲来は減ってきましたが、まだまだ大量の薮蚊が存在していま
す。このため、どうしても長袖を着用することになり、まるでサウナスーツを着て作業をしているような感じ
です。このため、夕方ちかくになりますと、足元がふらつき、手がふるえはじめるという状態です。人手が極
端に不足しているのは、まちがいないといったところです。
 まあ、しかし、そうした作業を終えてのち、運河沿いの道にでて一息つくときのえもいわれぬ涼やかさとい
ったら、ありません。