
スケジュールについて 投稿者:秋月 投稿日: 7月14日(土)23時59分48秒
明日の会議について、簡単にまとめておきましょう。
そのまえに、これまでの延べ人数を出してみました。
2001.05.12=13名 2001.05.19=11名 2001.06.02=09名
2001.06.09=10名 2001.06.10=09名 2001.06.23=11名
2001.06.24=06名 2001.06.30=09名 2001.07.01=12名
2001.07.07=10名 2001.07.08=11名
計11回の整備作業をおこない、延べにして111名が参加してくださいました。
それに、本日の作業がくわわります。
参加者は河辺泰宏さん、藤吉由里さん、宮川承子さん、櫻井友香子さん、高木隆次さん、村啓介さん、久野
朱美さん、松浦明日香さん、鵜飼智子さん、杉本直子さん、加藤剛大さん、京才泰直さん、伊東俊司さん、そ
して秋月の計14名でした。これまでの最大人数で、これで延べ125名の人間が、半六邸で爽やかな(?)
汗を流したことになります。ちなみに、通常、74キロのぼくの体重は本日は72キロまで減りました。帰っ
てすぐに呑んだお茶をふくめて2・5リットルの水を補給していますから、今日は恐ろしいことに5リットル
をこえる汗をかいていることになります。信じられませんね、ほんと……。
作業内容としましては、畳の天日干し、2階の雑巾がけ、1階の清掃、本庭の整備でした。2階は、まずま
ず、本格的に復活したとおもっていいでしょう。1階の清掃はこれからが本格的なものになっていくものとお
もいます。本庭はまだまだ中盤ですね。100リットルくらいの汗をかかないと、ゴールは見えてこないので
はないかとおもったりします。チェーン・ソーはガソリンがはいっていなかったため、ほとんど使えませんで
した。悲しいです。
さて。
とりあえずは、11月まで、いったい、何回、正式な作業日があるのでしょうか。基本は土日です。祭日に
作業をするつもりは、当面、ありません。どなたも家庭をおもちの方が多く、そこまで縛りつけるのは酷とい
うものですものね。
ざっとあげてみますと、7月は21日(土)、22日(日)、28日(土)、29日(日)の4回しかあり
ません。8月は4日(土)、5日(日)、11日(土)、12日(日)、18日(土)、19日(日)、25
日(土)、26日(日)の8回、9月は1日(土)、2日(日)、8日(土)、9日(日)、15日(土)、
16日(日)、22日(土)、23日(日)、29日(土)、30日(日)の10回、10月は6日(土)、
7日(日)、13日(土)、14日(日)、20日(土)、21日(日)、27日(土)、28日(日)の8
回、都合、30回の作業が可能です。
くりかえしますが、お茶会の日程は、
第一夜 11月2日(金) 旧暦9月17日 己巳 先勝 日没16:58 月出17:48 月齢1
6・3 大潮
第二夜 11月3日(土) 旧暦9月18日 庚午 友引 日没16:57 月出18:26 月齢1
7・3 中潮
第三夜 11月4日(日) 旧暦9月19日 辛未 先負 日没16:56 月出19:10 月齢1
8・3 中潮
となっており、これはもはや、動かすことはできません。
あと、30回で、お茶会にむけたすべての作業を終了させなければならないのです。これは、じつは大変な
ことです。お屋敷の清掃はおそらく終了するでしょう。前庭も整備は整うにちがいありません。しかしなが
ら、中庭と本庭については、大変な苦労を要するとおもわれます。
水と電気につきましては、来週中に目処をたてて、今月中にはなんらかのかたちをととのえておきたいとお
もいます。また、作業に必要となる竹材の手配もほぼ終わりつつあります。スタッフの部署もほとんど終了し
ました。たりないものは人手と時間です。
ちなみに、作業のスケジュール切りについて考えてみましょう。
7月 お屋敷の完全な清掃を完了すること。(作業4回)
8月 邸内の清掃続行。畳の目処をつけること。前庭と中庭の整備を完了すること。(作業8回)
9月 邸内、前庭、中庭の整備続行。畳の搬入ならびに畳敷き。本庭の整備を完了すること。(作業1
0回)
10月 お茶会にむけての細々とした準備(さまざまな手配と導線の確保、ならびに照明作成)(作業8
回)
というところだとおもわれます。
これらのことについて、明日は会議をいたします。
チェーンソーが手にはいりました 投稿者:秋月 投稿日: 7月14日(土)02時03分54秒
といっても、某所から借りただけのことですが、ともかく、チェーンソーが使用できます。これで、あの小憎らし
い古材の山に鉄鎚をくだしてやることができそうです。ということで、今週もまた、さわやかな汗をかきましょう。
土曜日は午後1時に「酒の文化館」裏の宮崎橋の袂跡に集合です。
日曜日は午前中は会議をとりおこないますが、作業はやはり午後1時から宮崎橋に集合です。
どうか、よろしくお願いします。
畳6枚、ゲット 投稿者:秋月 投稿日: 7月13日(金)17時37分57秒
9月の末あたりに畳が6枚、手にはいることになりました。
ありがたいことです。
また、これはさきの話になりますが、とりあえず、上等な畳が28枚、新年をむかえてのち、手にはいることにな
りそうです。こちらもありがたいことです。畳をいただけるところのみならず、さまざまな部材が手にはいるなら
ば、どんなところにでも出張しようとおもっています。
なにしろ、半六邸は2階だけでも50畳の畳が必要です。1階は64畳の畳が必要です。あわせて、最低でも11
4畳という畳が、とりあえず、必要なのです。その畳を敷いてはじめて、ほんとうの土足厳禁に持ちこめるのです。
現在、半六邸に残っている畳でなんとか誤魔化して使えそうなものは30畳しかありません。残りの84畳は、ど
こかで手に入れてこなければならず、現在のところ、16畳、手に入れましたが、ここに6畳(あわせて22畳)が
手にはいったとしても、まだ62畳も足りません。けれど、ぼくは諦めておりません。
かならず、集めます。
猿でもわかるお茶のいただき方 投稿者:秋月 投稿日: 7月12日(木)01時38分08秒
1・お茶室のなかでは、亭主側と客側に分かれ、むかいあうかたちで座ります。正座ですよ。
あいだは畳が一枚分、とおもってください。
亭主(手前座)の左手に「床の間」があります。
客からすれば、右手に「床の間」があります。
客は複数になることが多いですが、床の間から順に「正客」「次客」「三客」……「末客」となります。
素人さんは、正客と次客と末客は避けたほうが無難ですね。わたしは、当然、避けます。
2・まずは、亭主のお手前をちゃんと拝見いたしましょう。足がしびれても、拝見しましょう。
3・茶が点てられましたら、半東がお茶を運んできます。
このとき、わたしどもは畳の縁に沿って座っていますから、その眼の前の縁の外に茶碗が置かれます。
半東が「どうぞお召しあがりください」と会釈をしますので、ちゃんと手をついて返しましょう。
いただきます、という会釈ですね。
4・茶碗を両手で持って、ちょこっと下座のほうに移動させ、手をついて下座のほうの客に会釈します。
お先にいただきます、というわけですね。
下座の客が会釈を返してくれたら、茶碗をもとの位置に戻しましょう。
ここで、あらためて、手をついて、亭主に会釈をします。
お手前を頂戴いたします、ということです。
5・右手で茶碗をもちあげ、左手の掌に置き、お茶にかるく礼をします。
絵柄が正面にありますから、それを愉しみましょう。
右手で、時計まわりに茶碗を回します。ここでは、ほんのちょっと回すだけです。
一口だけ飲んで、右手だけを畳につけて、亭主に会釈します。
で、ようやく呑みきるわけですが、たいてい、二口でほとんど呑み、最後の半口で呑みきります。
ずずず……と、最後は吸いこんでしまうくらいに呑みきればよろしいかとおもいます。
6・茶碗の口をつけたところを親指と人差指ではさんで拭いましょう。
拭った指は、ハンカチ(ふところ紙のほうがよろしいですが)で拭きましょうね。
茶碗を左手のうえで、時計回りにまわします。
このとき、ちょうど、絵柄が逆側になるまで回します。
右手で、茶碗を畳の縁の外へ置きましょう。
7・半東がやってきて、おさげいたします、という会釈をしますので、手をついて会釈を返しましょう。
お願いいたします、という意味ですね。
これで、いちおう、終わりです。
さあ、練習いたしましょう。
作業写真のこと 投稿者:秋月 投稿日: 7月 9日(月)12時49分21秒
>筒井くんへ
このごろ、コメントもはいって、いちだんとわかりやすくなりましたね。また、大座敷などについても、線が書き
こまれていることで、なおさら、よくわかるようになりましたね。とっても、いいですね。ありがとうございます。
もうすこし量があるともっといいかなともおもったりしますが、写真を撮っていると作業もできないでしょうし、つ
らいところがありますね。
ところで、加藤さんが撮ってくださっているネガフィルムのほうも、かなりの分量が貯まってきました。そこで、
一度、加藤さんから「紙焼き」をあずかって、それをスキャンしていただければ、とっても嬉しいのですが、どうで
しょうか。
筒井くんは日曜日しか来られませんから、加藤さんに日曜日の作業のおり、紙焼きを日付ごとに分類したかたちで
渡してもらい、それをスキャンしていただけないでしょうか。そうすれば、さらに作業行程が明瞭なものになるとお
もうのです。
面倒なことを頼んでいるようですが、よろしく、お願いします。
7月8日(日)の作業 投稿者:秋月 投稿日: 7月 8日(日)20時24分17秒
参加者は、杉浦博さん、山本健治さん、山本京子さん、竹内利夫さん、加藤剛大さん、筒井信博さん、矢隈学さ
ん、榊原康彰さん、伊東俊司さん、そして磯貝勇壽くんに秋月でした。途中、磯貝恒夫さんと奥様がさしいれをもっ
て陣中見舞に来てくださいました。なお、山本さんから非常にたくさんの雑巾を寄付していただきました。どんどん
と使い捨てていきましょう。
作業内容は母屋北東隅の書斎の雑巾がけならびに1階の清掃、そして2階の雑巾がけ、さらにお庭の整備でした。
本日をもって、以後、2階は土足厳禁にいたします。また、2階に残っていた畳をすべてお庭へ運びだし、日光にあ
て、埃をたたきました。これは書斎を当面の倉庫とします。次回もまた畳をお庭に出し、日光消毒をくりかえすつも
りです。
全体的に見て素晴らしい速度なのですが、お庭のほうの整備がやや滞っているようにおもわれます。なにせ、棕櫚
が無数にあり、これの根を掘りだすだけで大変な作業です。どれだけ掘っても足りません。また、お庭の全体が根っ
こと蔓におおわれており、これを本日より掘りはじめたのですが、とてもではないですが網の目のようになってい
て、掘っても掘っても、切っても切っても、おっつかないというのが現状です。ですが、これを掘りおこしてしまわ
ないかぎり、お庭はつぎの段階にはいることができません。また、三番蔵の跡の整備をしていたのですが、かつての
菊屋の材木が処分されないまま放置されており、それがすべて腐っており、そこに蔓や根がはびこっているものです
から、どうにもならないといった状態です。
ともかく、一歩一歩、前進していくしかありません。
7月7日(土)の作業 投稿者:秋月 投稿日: 7月 8日(日)12時24分06秒
参加者は、内田榮一さん、中根政雄さん、るう(ごめんなさい、苗字をまだお聞きしていません)さん、加藤剛大
さん、杉浦明巳さん、榊原康彰さん、伊東俊司さん、杉山良造さん、そして磯貝勇壽くんに秋月でした。
作業内容は、母屋の清掃(布団部屋を主に綺麗にし、そこに茶室に置いてあった畳16枚を運びいれました)と、
御庭の草刈(三番蔵の跡の整備と、棕櫚などの掘出し)をおこないました。めだったところでは北東の端の刈り取っ
た草木の山がおおきくなっていったくらいで、さほど大きな違いは見られませんでしたが、確実に「きれい」になっ
ています。
それから、たいせつなこと。
掃除の容子を見ていておもったのですが、やはり、モップの使用はご遠慮ください。よぶんな水が多く、腐りかけ
ている木をなおさら腐らせる結果になりかねません。モップはどうしても水分をたくさん吸収しますので、これまで
のように手に雑巾をにぎりしめ、膝をついて、徹底的な「雑巾がけ」をおこなってくださいますよう、お願いいたし
ます。
さあ、そろそろ、でかけます。
今週の作業 投稿者:秋月 投稿日: 7月 6日(金)20時49分37秒
もちろん、いたします。
土日ともに午後1時から、作業をおこないたいとおもいます。
どうぞ、みなさん、よろしくお願いします。
ところで、ずいぶんあとになってからのことですが、畳がまたもや手にはいりそうです。
くわしいことは、来週、先方と打合せをします。
連絡網の整備について 投稿者:秋月 投稿日: 7月 6日(金)12時46分00秒
連絡網(敬称略)
磯貝勇壽――あらたな参加者の方々(これまでの個人参加も含めます)
&
秋月達郎――京才泰直――内田榮一(商工会議所関係)
| |
| ――同年関係(加藤剛大、竹内利夫など)
|
――榊原康彰――伊東俊司――同年関係
| |
| ――同年関係(矢隈学、笠原宣之、西川有など)
|
――石川延子――榊原寛子――田中ミヨ――茶道関係
| | |
| | |
| | ――文化協会(琴道関係含む)
| |
| ――市役所など公的機関関係(赤煉瓦倶楽部含む)
|
――筒井信博――同年関係(山田健治、小川敦司など)
|
――杉山良造――造園関係
|
――平山勝――建築関係
|
――杉浦明巳――レッツ知多関係
|
――知多クリック――市民ネット関係
|
――常滑市民ボランティア関係
7月2日(月)の作業 投稿者:秋月 投稿日: 7月 2日(月)15時27分27秒
集合は午前10時でした。
参加者は、田中ミヨさん、長谷川寛子さん、杉山良造さん、山田健治さん、そして秋月でした。
内容としては、お茶会のおりの導線の確認ならびに庭園の整備手順などの確認をしました。田中先生がお手前のご
用意をしてくだっており、2階の大座敷で、お抹茶をいただきました。お茶会のおりの具合などをたしかめたいとい
うことでしたが、なかなか、水屋をどこにするかで難渋しました。それにしても、蘇生した「半六邸」で点てられた
初めての「お茶」でした。お座布団のかわりに畳を一枚入れ、先生方に座っていただきましたが、なんとなく鎌倉の
時代の雰囲気で、よろしゅうございました。
写真アップしました 投稿者:筒井 投稿日: 7月 2日(月)10時29分59秒
週末はお疲れ様でした。
綺麗になったところをアップしましたので、これを見て疲れを癒し、
かつ、次回の励みにしてくささいね。
心地よい風が入ってよかったですね。
7月1日・日曜日の作業 投稿者:秋月 投稿日: 7月 1日(日)21時53分21秒
午後1時に集合しました。
参加者は、榊原弘さん、京才泰直さん、榊原康彰さん、早稲倉さん(あら、下のお名前忘れてしまいました、ごめ
んなさい)と息子さんのけんくんとひろくん、杉浦明巳さんと娘のれいちゃん、筒井信博さん、伊藤俊司さん、そし
て磯貝くんと秋月でした。
作業内容は、おもに母屋(菊屋)の清掃をしました。1階部分は掃き掃除をおこない、2階部分は雑巾がけと掃き
掃除をしました。23年間の埃というのは、すさまじいです。ニ所の関の時代、ちゃんと掃除をしていたかどうか疑
わしいので、ただしくは40年間の埃というほうがいいのかもしれません。長押の上の埃が、ものすごかったです。
しかしながら、展望座敷は磯貝くんの奮闘によって、もはや寝転ぶこともできます。大座敷は総勢で雑巾がけをした
ので、こちらも座りながら話し合うことができるまでになりました。
それにしましても、純日本式の家屋というのは涼しいですね。今日は風もあったためか、座敷のなかにいても、と
ても心地よかったです。2階でこれだけ涼しいというのは、なんだか嬉しくなってしまいます。
この土日の進捗ぶりは驚嘆すべきものがあります。お庭をいじっているときも、森が徐々にひらかれていくことに
感動をおぼえていましたが、家屋をいじりはじめると、ほんとうに「半六邸」が蘇ってきて、帰り道、外から眺める
だけでもなんだかお屋敷が表情をもちはじめたように見えて、非常に清々しい感じをうけました。
あと、御当主のお父上が書斎にしておられたという奥座敷のさらに奥の6畳ですが、床の間が酷い状態でした。帳
場のところの床の間も悲しくなってしまうような状態に追いやられておりました。というのも、床の間のなかに棚を
つり、布をはり、ただの押し入れにさせられていたのです。これをなかば元の状態に戻しましたが、まだ不充分で
す。1階部分のお道具については女中部屋に集中させたのですが、この部屋ばかりは手をいれることができそうにあ
りません。縁側が完全にふさがれているからです。補修は必要とはしませんが、別な意味での直しが必要ではないか
とおもわれます。でないと、部屋が死んだままになってしまい、かわいそうです。
ともあれ、徐々にお屋敷が長い眠りから覚めようとしているのが実感できるまでになりました。
伊藤さん、ごめんなさい 投稿者:秋月 投稿日: 7月 1日(日)02時52分46秒
伊藤さん、ごめんなさい。
名前のあとに「さん」をつけるのを忘れました。
6月30日・土曜日の作業 投稿者:秋月 投稿日: 7月 1日(日)02時50分57秒
午前10時に商工会議所前に集合しました。
参加者は、竹内正幸さん(天理教半田教団)、西川有さん(名古屋市役所)、笠原宣之さん(半田病院)、そして
秋月でした。
作業内容は、軽トラックで日本福祉大学まで行き、あずかっていただいていた畳16枚をひきとり、半六邸に搬入
しました。そして茶室に畳をおき、2階の雨戸をあけて風をいれました。23年間というもの、ただの一度も開けら
れることのなかった雨戸が開けられ、風がとおりました。蜘蛛はひからびており、蜂の巣もただの土塊と化しており
ました。埃は凄まじい量に達しており、やや、絶望しましたが、しかし、光がはいってきたとき、座敷が蘇ってくる
ような印象をうけました。
午後1時、宮崎橋のところで再集合しました。参加者は、西川有さん(名古屋市役所)、中根政雄さん(TR
C)、京才泰直さん(商工会議所)、伊藤俊司(衣浦グランドホテル)、杉山良造さん(造庭師)、そして磯貝と秋
月でした。中根さんは足を痛めておられましたが、片足をひきずりながらも作業をしてくださいました。
作業内容は、おもに2階部分の清掃をおこないました。なにしろ、すさまじい埃でしたので、ほとんど白い霧のな
かにいたようなものでした。撮影所にいたころ、セットから戻ると、鼻のなかに黒い埃が溜まっていたことがありま
すが、本日、風呂にはいったとき、やはり、鼻の穴が真っ黒になっていました。なんとも、懐かしい体験をしまし
た。
それにしても、今日ほど半六邸が「生きかえった」とおもったことはありませんでした。通用門から見上げたと
き、半六邸はたしかに蘇っておりました。窓が開けられ、なかの欄間が見えています。風が吹きぬけています。窓硝
子に空が映っているのです。すばらしい光景でした。
おもわず、感動しました。
掃き掃除のあとは、一部だけ拭き掃除をしました。半六邸のなかで、靴を脱いだのは初めてでした。靴を脱いだ第
一号は、磯貝でした。磯貝の親父さまが容子を観にきてくれました。お庭に立って「昭和27年のころにもどった
な」といってくれました。そして三番蔵が倒れたのは昭和19年の地震のときであることもわかりました。感慨ぶか
い台詞でした。半六邸のお世話を40年間しつづけてきたひとにしかいえない台詞だとおもいました。けれど、わた
したちのめざしているのは「明治22年」です。わたしたちの歴史をさかのぼっていく旅は、はじまったばかりで
す。
まだまだ、長い長い旅がつづくのです。
明日も、午後1時に宮崎橋のたもとに集合です。